業務内容の洗い出し・ゴール設定
「はじめに」の章で、生成AIが公務の現場にもたらす計り知れない可能性について触れました。
生産性の向上、創造性の拡張、データドリブンな意思決定の強化、これらすべてが、より質の高い市民サービスの提供と、より効率的で透明性の高い行政運営につながります。
しかし、その大きな可能性を具体的な成果に変えるためには、闇雲にAIツールを導入するのではなく、明確なゴール設定と、現状の業務フローの徹底的な洗い出しが不可欠です。
この章では、生成AIを最大限に活用するための、いわば「羅針盤」となる初期段階の重要性について、具体的な手法と公務における考慮点を交えながら深く掘り下げていきます。
当サービスでは、「業務洗い出し / ゴール設定スプレッドシート」を用意していますので、こちらをご活用しながら進めていきます。
「業務洗い出し・ゴール設定シート(記入例)」シートもご参考ください。

1. 業務内容の洗い出し
まずは、生成AIを導入できる対象業務を見つけるために現状の業務内容を詳細に洗い出します。
業務内容の洗い出しは、以下のステップで進めます。
ステップ1:現在の業務の洗い出し
まずは、現在の業務を洗い出します。
スプレッドシートの対象箇所に記載ください。
- 業務内容: 具体的な作業内容
- 業務分類: 作業内容の大分類
- 頻度: どんな頻度でどの作業が発生するか
- 作業時間(分): 各工程にかかるおおよその時間
ステップ2:各業務の課題を抽出する
洗い出した各業務内容の現在の課題を特定します。
- 課題: 現在感じている課題
ステップ3:生成AIが「介入」できるポイントの特定
洗い出した業務の中から、特に生成AIの導入によって大きな改善が見込めるポイント(タスク)を特定します。
スプレッドシートのプルダウンで選択していきましょう。
- AI導入可能性: AI導入で解決しそうな業務か
以下のような特性を持つタスクは、生成AIとの相性が良いとされています。
定型的・反復的なテキスト生成: 報告書のドラフト作成、メールの文面作成、FAQの回答案生成、議事録の要約など。
情報収集・要約: 膨大な資料からの情報抽出、会議資料の事前要約、過去の事例検索など。
アイデア出し・ブレインストーミング: 新しい広報戦略のアイデア、政策提言の複数の選択肢、市民サービスの改善策など。
多言語対応: 外国人市民からの問い合わせ対応、多言語での広報資料作成など。
データ分析の補助: 大量のテキストデータからの傾向分析、アンケートの自由記述回答の分類・要約など。
コード生成(一部業務の自動化): VBAマクロの作成支援、簡単なデータ処理スクリプトの生成など。
一方で、生成AIの導入が難しい、あるいは不向きなタスクもあります。
人間による感情的な判断や共感を要する業務: 市民からの苦情対応、デリケートなカウンセリングなど。
厳格な正確性と法的根拠を必要とする最終判断: 法令解釈の最終判断、個人情報の厳密な突合・照合など(AIはあくまで補助)。
物理的な作業: 書類のファイリング、窓口での対面応対(一部はAIが補助可能だが、最終的な物理作業は人間)。
2. ゴール設定
「AIを導入すれば何となく業務が楽になるだろう」という漠然とした期待だけでは、期待通りの成果は得られません。むしろ、無駄な投資や職員の混乱を招くリスクさえあります。生成AI活用におけるゴール設定が明確であればあるほど、取るべき進路がはっきりとし、迷いや無駄な寄り道をすることなく目的地に到達できます。
・ゴール(AI導入による期待効果): AI導入で業務がどうなると良い状態か
公務における生成AI活用のゴールは、大きく以下の3つの視点から設定できます。
- 効率化・コスト削減(「速く」「安く」)
- 特定の定型業務にかかる時間を〇〇%削減する。
- 年間〇〇時間の職員の残業時間を削減する。
- 広報資料作成の外注費用を〇〇%削減する。
- 問い合わせ対応の平均時間を〇〇分短縮する。
- 例: 「市民からの電話問い合わせ対応における、定型的なFAQ応答時間を現在の平均5分から3分に短縮する」「内部報告書作成にかかる職員の平均作業時間を週2時間から1時間に短縮する」
- 品質向上・サービス改善(「良く」「新しく」)
- 市民向け広報資料の読解レベルを〇〇歳引き下げる(より分かりやすくする)。
- 政策提言における多角的な視点の数を〇〇%増加させる。
- 誤字脱字・表現の不備がある文書の割合を〇〇%削減する。
- 例: 「市ウェブサイトのよくある質問(FAQ)の網羅性を〇〇%向上させ、市民の自己解決率を〇〇%に引き上げる」「議会答弁書のロジックの明確性を評価指標で〇〇点向上させる」
- 職員満足度・働きがい向上(「楽に」「楽しく」)
- ルーティン業務の負荷を軽減し、職員がより戦略的・創造的な業務に集中できる時間を〇〇時間創出する。
- 煩雑な事務作業のストレスを軽減し、職員のエンゲージメントスコアを〇〇ポイント向上させる。
- 例: 「各部署で月に〇〇時間発生している手作業によるデータ入力業務をAIで自動化し、職員の負担を軽減する」「研修資料作成の初期フェーズにかかる職員の精神的負担を軽減し、創造的なアイデア出しに集中できる環境を整備する」
これらのゴールは、可能であれば具体的な数値目標として設定することが重要です。数値目標があれば、AI導入後の効果測定が容易になり、プロジェクトの成功・失敗を客観的に評価できます。また、部署内や組織全体で目標を共有しやすくなり、プロジェクト推進の原動力となります。
ゴール設定における公務特有の視点
公務におけるゴール設定では、民間企業とは異なる、以下の点を特に考慮する必要があります。
- 公平性・公正性: AIが生成する情報や判断が、特定の市民層に不利益を与えないか、差別的でないかといった公平性の視点は極めて重要です。AI導入による公平性の確保、あるいは向上もゴールとなり得ます。
- 説明責任: AIの判断や生成結果に対して、市民や議会への説明責任を果たす必要があります。AIが生成した情報がどのように導き出されたのか、その透明性を確保することもゴールの一部となり得ます。
- 法的・制度的制約: 個人情報保護法や地方自治法など、公務員が遵守すべき法律や条例、ガイドラインが多く存在します。これらの制約の中でAIをどのように活用し、同時にそれらを遵守し続けるか、といった点もゴールに含める必要があります。
- 市民との信頼関係: AI導入が市民とのコミュニケーションや信頼関係にどのような影響を与えるか、市民のデジタルデバイドを考慮した上でのサービス提供は可能か、といった視点も重要です。
まとめ:戦略的なAI活用の第一歩
ゴール設定と業務フローの洗い出しは、生成AIを公務に導入する上での最初の、そして最も重要なステップです。このプロセスを丁寧に行うことで、漠然とした期待が具体的な目標に変わり、AI活用の成功確率が飛躍的に高まります。
公務における生成AIの活用は、単なる技術導入に留まらず、行政のあり方そのものをより良く変革していくための戦略的な取り組みであることを理解し、この最初のステップに時間をかけることの重要性を認識しましょう。